葉山時間

Column

スペシャルティコーヒーで“幸せの国”コスタリカと葉山をつなぐ カフェテーロ葉山のオーナー大下 力さん

一色方面へ向かう国道134号線、葉山大道のバス停から少し入ったところに、築100年の古民家があることをご存知でしょうか?ガラス戸と縁側に囲まれた風情ある佇まいの平家が、あたりののどかな風景に溶け込んで、なんだかそこだけ時間がゆったりと流れているよう。見ると入り口には、鳥の絵とコーヒーカップの描かれたカラフルな暖簾がはためいています。ここはコスタリカコーヒーの専門店「カフェテーロ葉山」。2018年のオープン以来、地元の人の憩いの場となっています。なぜ葉山でコスタリカ? コスタリカコーヒーって何?そんな疑問を抱えてオーナーの大下力さんにお話を伺いました。

TEXT: Renna Hata

 

幸せの国コスタリカの魅力を、コーヒーを通じて伝えたい。「カフェテーロ葉山」のはじまり

――とても気持ちの良い空間ですね。純和風の空間でも、何か不思議な異国籍感があります。

ガラス戸に囲まれているので自然光が入りますし、中と外の隔たりを感じないこの開放感は日本建築ならではの魅力だと思います。この古民家に出会ったのは2017年。自宅からすぐ近くの場所なのに、当時は周囲を木々に囲まれていて、ここに家があるなんて全く気づかなかったんですよ。古民家にこだわっていたわけではないんですが、すぐに店のイメージが湧きました。

障子に木の柱など、茶色と白しかない世界に、お皿やマグカップ、椅子などのカラフルな色が映えるでしょう。これこそが私が好きになったコスタリカの明るさや情熱。それが和の空間に溶け合って、不思議な心地よさが生まれました。

自然光の差し込む「カフェテーロ葉山」の店内

大正の日本建築の美しさを感じる店内の建具

お店のロゴが入った暖簾には、コスタリカを代表する「世界一美しい鳥」ケツァールが描かれている

 

――そもそも大下さんがコスタリカコーヒーの専門店を開くきっかけは何だったのでしょうか?

 私は若い頃、水産食品メーカーで勤めていたのですが、入社5年目にチリの駐在員になりました。それが初めての南米でしたが、人も街も陽気で、すぐに好きになりましたね。1990年に帰国し、その後はIT系の会社で仕事をしていたのですが、定年まであと3年となったときに、ふと「このまま勤めるのか?」と考えたんです。浮かんだのが、長く過ごした中南米関係のビジネスをしてみたいという想いでした。

 

――なぜ滞在経験のあるチリではなくコスタリカを選んだのでしょうか? 

チリはワインやサーモンなどの産業が発展していて、日系企業も多く進出し個人での参入は難しいと考え、そこでひらめいたのがコスタリカのコーヒーでした。駐在中コスタリカに行く機会はなかったものの、そのおいしさは有名で、その頃すでに欧米ではコスタリカのコーヒーが注目されていたんです。

 コスタリカの魅力はそれだけではありません。コスタリカのことを調べるほどに、その魅力に惹かれていき、日本ではまだあまり知られていないこの国の素晴らしさを、コーヒーを通して伝えられたらと強く思うようになりました。

「カフェテーロ葉山」オーナーの大下力さん

 

――なるほど。でも、コーヒー業界にいたわけではない大下さんにとっては、まったく新しいチャレンジだったわけですよね。

縁あって元々スターバックスの仕入れ担当をしていたというコスタリカ人の男性を紹介してもらい、そこで意気投合したんです。彼は「日本にぜひコスタリカコーヒーを広めたい」と言い、現地のコーヒー農園を一緒に回ってくれました。右も左もわからないなかで本当に運よく、直接農園からコーヒーを仕入れられることになったのです。


自然を愛し、日常を豊かに過ごす。コスタリカと葉山の共通点

 

――それからすぐにカフェを始めようと考えたのですか?

最初の2年間くらいはネットでコーヒーを販売していました。チリワインが日本でここまで有名になるには、15、6年ほどの年月がかかりましたから、同じように時間はかかるかもしれないと覚悟はしていました。でも、いいものは必ず認められるはず。その先駆けとなれたらという想いでしたね。

そうは言っても、まずは飲んでもらわないと始まらない。そこで葉山ステーションで店頭販売を始め、お客様に試飲もしていただくことに。すると「お店はどこ?」「お店はないの?」と聞かれるようになり、拠点が欲しいと思うようになりました。

店内には大きな焙煎機がある

 

――なぜ葉山を選んだのですか?

 店を作るなら葉山がいいという思いがありました。私自身、葉山が好きで住んで14年になりますが、なんと言っても自然が豊かなところが魅力です。住んでいる人たちもそうした環境が好きで環境保護の意識も高い。そこがコスタリカに通ずるところだと感じます。風景も心なしか似ていて、葉山の里山がコスタリカのコーヒー農園を思い出させるんです。

 それから、コスタリカの人たちは日常生活を豊かに過ごすということをすごく重視していて、お金を稼ぐことや争いごとに全く興味がない。そういうライフスタイルも葉山の人たちに似ていませんか? ちょっと世捨て人みたいなところがあるんですよね(笑)。そんな共通点がある葉山なら共感してくれるお客様も多いはず。そんな思いもあって、コスタリカコーヒーを葉山ブランドとして打ち出したかったんです。

 

苦手な人こそ飲んでほしい、本当においしいコーヒーの味

 

――コスタリカコーヒーの特徴について教えてください。

まず、豊かな酸味。さっぱりとして雑味がないこと、上品で飲みやすいことだと思います。酸味に苦手意識がある人もいると思うのですが、コーヒーが古くなると酸化して酸っぱくなることがあるんです。それは果実味からくる酸味とは全く別物。当然のことながらおいしくないですよね。

ただ、日本で高品質の新鮮なコーヒーに出会うのは、実はなかなか難しいと感じます。コーヒーが飲めないという人に、ここでコスタリカコーヒーをお出しすると、「おいしい!」と目覚める人がたくさんいるんですよ。

コーヒーを淹れてくれるバリスタの安徳秀規さんもコスタリカのコーヒーのおいしさに魅せられた一人

 

――「カフェテーロ葉山」でまずいただくなら、どのコーヒーがおすすめですか?

最もスタンダートなのが「ドタ・フレッシュ」。酸味が控えめでスッキリとした飲み心地。コスタリカコーヒーの特徴がよく出ています。「ドタ」は、コスタリカのタラス地方にあるドタ地区で生産されたコーヒーで、老舗ブランドの一つ。農園で収穫されたコーヒーチェリーはその日のうちに加工工場へ運ばれます。

「イエローハニー」は加工方法に違いがあり、伝統的な方法では洗い落とす果肉の粘液を残したまま乾燥させる「ハニー製法」が用いられています。排水を出さないと言う点で環境保護も考えられています。そのためフルーティーで独特の果実味があるのが特徴です。

左から時計回りに、イエローハニー¥650、ドタ・フレッシュ¥600、コーヒーチェリー(果肉)のソーダ割り¥600

 

――コーヒーチェリーのソーダ割りなんて初めてです!

これを飲めるのはおそらくこの店だけではないでしょうか。これまでコーヒーを作るときには、タネ以外の果肉部分は捨てられていたんです。でも、それを何か利用できないかと果汁を濃縮エキスにする技術をコロンビアの企業が発明したんです。そのエキスに蜂蜜を入れソーダ割りにしたジュースです。コーヒーチェリーはポリフェノールやカテキンを豊富に含み、カフェインはほぼゼロ。天然のエナジードリンクなんですよ。

 

人との出会いで広がっていく、幸せの国コスタリカの魅力と文化

 

――お店では、一人でくつろぐお客様が目立ちますね。

 そうですね、仕事をしたり、本を読んだり、一人の時間を過ごす方は多いです。こちらから積極的に声をかけるわけではないのですが、あるきっかけで話すようになることもあって。いろんなことをやっていらっしゃる方がいるので、あのお客様と合いそうだな、と思うと紹介するんですが、そうすると自然とお客様同士のコミュニティが広がっていくんです。

 

――「カフェテーロ葉山」ではいろんなイベントなども開催されていますね。それはどんなきっかけからなのでしょうか?

 成り行きと言いますか。これまでライブイベントやワークショップ、展示にヨガ教室などいろいろやってきましたが、すべてお客様が主導で行なっています。その中の一つ、「対話の会」は、去年の5月くらいから開催されているのですが、発起人はカフェテーロで繋がった常連客グループ。ただ集まった人たちとテーマも持たず、自分の思いや体験を話したいと聞いて、はじめはそんな会が成り立つのかと心配でした。でも、この場の雰囲気もあってか、みなさん自然とリラックスして会話ができるみたいで、「楽しかった」と言うんです。それで毎回参加者が増えていって、ついには本にもなってしまいました。

「対話の会」から生まれた書籍「ことばの焚き火」(ハンカチーフブックス)は店内でも販売

 

――「カフェテーロ葉山」に集う人たちから、想像もしない広がりやつながりが生まれているのですね。

人との出会いがないと、自分だけの思いは何も実現できないと感じます。この偶然の巡り合わせや出会いを最大限に活かしていくこと。それがこの場所を続けていくために一番重要です。また最近は、こうした葉山の人がつながる場を作ることが、地域貢献にもなるんじゃないかなと思っています。

 

――最後に、大下さんの今後の展望について聞かせてください。

日本では、中南米というと、危険でネガティブなイメージがありますよね。でもそれはそういう情報しか入ってこないから。実際は、平和で明るくて、豊かな日常を大切にする国。今の日本にとってコスタリカから学ぶことはたくさんあるんじゃないかなと思うんです。いま、葉山にはコスタリカが徐々に浸透してきているように感じています。今後も、こうして間接的ではあっても、コスタリカの文化を葉山から日本へと伝えていきたいですね。

〈PLOFILE〉
大下 力
水産食品メーカーの駐在員としてチリに滞在したことから、中南米に興味を抱く。コスタリカコーヒーとの出会いをきっかけにコーヒーを販売するECサイトを立ち上げ、2018年に「カフェテーロ葉山」をオープン。展示や映画の上映会などイベントも定期的に開催し、コスタリカの味と文化を葉山を拠点に届けている。

 

〈SHOP INFO〉
カフェテーロ葉山
住所:〒240-0111 神奈川県三浦郡葉山町一色1532
営業時間: 10:00-18:00
営業日:水曜日 定休
お問合せ:046-874-9061
Facebook:https://www.facebook.com/Cafetero.Hayama/

 

Column 一覧